世界は日本を求めている。
だから日本から仕掛ける、
世界視点で
学生時代から「人好き」だった私は、「日本語でコミュニケーションできる人は限られる。もし英語を話せたら、世界中の人とコミュニケーションできる……」。そんなシンプルな発想から、親の猛反対を押し切って渡米。そして米国在住をきっかけに、日本を外から見る視点、客観的に分析する習慣、それを異文化圏の人たちに伝えるコミュニケーション力を鍛え続けることが自分の一部となりました。
帰国後は、外資系企業(北欧系)、小規模企業(マーケティング専門)、政府系機関に勤務しました。外資系企業では、グローバルに情報を取り、戦略や事業立案に活かすプロセスを学び、日々の仕事の中で異文化コミュニケーションも実践。米国を知って全てを知った気でいた私は、北欧というまた全く異なる文化圏の価値観に触れることで、さらに視野を広げ、世界視点で物事を捉えることの大切さや面白さを知りました。次に勤めた10名ほどの小さなマーケティング企業では、会社の看板ではなく個人の名前で仕事を任されているクリエイターの存在を知り、0から1を生み出す発想や未知数の可能性にとてつもなくワクワクし、夢中で働きました。その後、縁あって働いた政府系機関では、国が物事をどう動かし、予算を付け、それを企業や団体がどう活かしているのか、一方で課題は?といったことを学び、徐々に自分がやりたいこと、つよみを発揮できそうなことが明確になっていきました。
勤務先や環境が変わっても、ずっと変わらないものが1つありました。それが「食」の存在。元々「食べるのが生きがい」というほど食いしん坊だった私は、どこに勤務している時も、「食」のある場に声がかかり、「胃袋担当」と呼ばれたことも(笑)。
例えば外資系企業では、本社から社長が来日すると、会議室で緊張感の中話が進行する。しかしそのあと会食に流れると、空気は一変。緊張した面持ちが笑顔に変わり、談笑が始まり、役職や国境をひょいと超えて、ファーストネームで呼び合える関係すら築けてしまう。美味しいものを食べながら怒る人っていないですからね。でもこれって当たり前のことのようで、実は凄いことなんじゃないかと。食べることは生きること、これは人間の本能的欲求だけど、食にはそれに留まらない大きな可能性がある……。そんな事を考えるようになりました。小規模企業勤務時代に出会った“看板に頼ることなく、個で仕事を依頼される人たち”から受けた刺激も大きかった。そして結婚・専業主婦時代に体験した、家族の健康や病気を食で支える経験。これらが総合的に結びつき、結果として、食に特化した専門会社を立ち上げることになりました。
社名の「Office MUSUBI」は、ヒト・モノ・コトをむすび、実を結ぶまでお手伝い……という想いを込めていますが、実はこの社名にはもう1つ、「おむすび」の意味も込めています。
日本の食を世界に発信したい。ならば日本人にとってのソウルフードであり、日本の稲作文化や自然崇拝なども反映している「おむすび」が良いなと。実際に「Office MUSUBI」は、海外の方から「OMUSUBI」と略して呼ばれることもあり、そこでおむすびの説明をすると目を輝かせて聞いてくれますし、漏れなく日本の文化や郷土を伝えることもできる。
「日本の食と世界をむすぶ」。
日本の食、食文化は素晴らしい。奥深い魅力に海外の人たちからの注目度も高い。世界トップシェフ達が、「日本は圧倒的」と崇拝し、この国の食文化からひとつでも多くのことを学び取りたいと必死に情報を収集し、休暇を使って定期的に来日する。レストランやバーはもちろん、市場や生産者を訪れ、所作や心遣いまでメモを取る。茶道の体験も欠かさない。
これほど日本が注目されている一方、日本側はどうか?
急増するインバウンド客に驚きつつ、相変わらず受け身姿勢で仕掛ける意識はない。
日本人の良さでもある謙虚さやドメスティックな視点が、この局面では大きなチャンスを捉えきれない原因にもなっている。
世界は日本を求めている。だから日本から仕掛ける、世界視点で。日本がルールメイキングをして、世界を牽引すべきタイミングに来ていると思っています。
「Where there is a will, there is a way./意志あるところに道は開ける」―アメリカ合衆国16代大統領のエイブラハム・リンカーンの言葉。日本の食を世界の舞台に押し上げるため、業界を超え、国を超えた仕掛けを展開する。自分の達場でやれることは全てやりきる、その覚悟で挑み続けます。
代表取締役 鈴木裕子